Archive for the ‘野寄史郎’ Category

私のペンネーム考

2007 年 12 月 25 日 火曜日

経営学孫子 30年ほど前ペンネームを考えたことがある。別に実名でも良いのだが、少し格好を付けて、文章を書くならペンネームがあれば良いなと思った。しかしいざペンネームを創るとなると、どんな名前を付けたら良いのか、いささか悩むものである。子供に名前を付ける時、名前は子供が一生名乗っていくものであるから非常に重要である。しかしペンネームならそんなに大げさなこともない。もっと気楽に付けても良いのではないかと思うのだが、やはり付けるからには良い名を付けたいと思う。
そこで何か参考になるものはないかと思い、現在、有名な作家と言われる人たちの名前を調べてみた。すると面白いことが判った。 (more…)

朝青龍は、なぜ戻った 日本に、角界に?

2007 年 12 月 18 日 火曜日

朝青龍の人間性は「嘘つき」である。この一言に尽きる。sumoo_3.gif
相撲界でも初めてと思われる「脱税」をし、肘と腰の病気と嘘を書いた「休病届」を提出し、夏巡業をサボり、しかも無断で帰国し母国でサッカーに興じていた。その結果が「二場所の出場停止」と「謹慎処分」である。しかもそれによって精神的負担が大きく「解離性障害」と診断された。これで病気にならなければよっぽど図々しいと言わざるを得ない。嘘をつき、ばれたら精神的ショックが大きく病気になったと公言した。横綱ともなる人間が本当にこんなに精神力がなく、しかも弱いものであろうか。まるで子供と同じレベルである。その結果、何の説明も謝罪会見もせずに、しかも自分は悪くないと言いたげにふてくされて帰国してしまった。相撲協会も病気としかも母国での療養が必要と診断されれば、人道的見地から帰国させざるを得ず、またさせることを朝青龍は、十分に読んでの行動と見受けられ、すこぶる後味の悪いことになってしまった。 (more…)

【音楽は、神仏の声か】

2007 年 11 月 27 日 火曜日

今年は、高野街道をよく歩いた。
堺の大小路から高野山の女人堂までテクテクと飽きもせず歩いた。
街道には多くの神社仏閣がある。有名な、あるいは名門と言われている所も有れば、名もない神や仏が座する所もある。
そう言う所に来ると人間ておかしな者で、祈るともなく手を合わせている。これからの長い道中の安全を祈願したり、あるいは日常のささやかな願いを祈っている。

お地蔵さん (more…)