天橋立の宮津からノンストップで大阪に入る。銀杏の新芽が膨らみかけてきた御堂筋を、淀屋橋、本町、心斎橋、と下る。大学浪人時代、淀屋橋から難波まで歩いて、地下鉄代を浮かし、道頓堀にあったジャズ喫茶「ファイブ・スポット」へ通った。コルトレーン、ミンガス、モンク、マイルス・デイビス、チャーリー・パーカー、尖ったものばかり聴いていた。今聴くと結構疲れる。最近よく聴くのは、ビル・エヴァンスの Sunday at the Village Vanguard 、心が安らぐ、歳のせいだね。

天王寺公園、昔、花壇があって静かな温室があった。走る車からちらっと見たが、
緑も温室も無い、様変わり、聞いてはいたが、これも時代の流れか。
さらに南へ、昔住んでいた市営住宅、卒業した小学校、中学校、を見に行く。4階建だった住宅は10数階建に建て替えられ、殺伐とした新興住宅地の学校は、校舎の配置がすべて変わり、小奇麗な都会的なものに変わっていた。

小学校の校外学習で近くの住吉大社によく出かけた。狭い路地と建築家・安藤忠雄の作品 "住吉の長屋"のモデルとなった小さな棟続き住宅が迷路のように続く中、
境内だけは別世界、今も変わっていない。昨年だったか、母が住吉大社の献詠俳句で「地位」(入選)を取ったとはしゃいでいた。今日、不肖の息子は、本殿のそばまで自転車で乗り込んで警備員にこっぴどく怒られた。

今夜は、"俳句命!"の母が住む八尾の実家、、、、ということで、4週間に及ぶ
フーテン旅行の最後になりました。応援していただいた皆様、よく走ってくれた小さな車、感謝感謝感謝!!!
あとは東海道を下り、豊橋で親父の墓参りを残すだけ、何処にも寄らず千葉・柏の自宅に向かいます。
(3.25 記)
千葉県柏市在住 河内のオッサン
恩師M先生に見送られ、湯村温泉を後にする。
二度目の余部(アマルベ)鉄橋で1時間待って、やっと、ディーゼル車が、地上41m、細い華奢な橋脚で支えられた単線レール上を走って来た。 高所恐怖症の私には
この列車の運転は絶対無理。
雪の残る峠を越え、もう一度、鳥取県、智頭町に入る。智頭は、江戸時代、因幡と畿内を結ぶ街道の宿場町として、時代が下っても、良質な杉材を商いする林業の中心地として栄えた。街道筋には、江戸、明治、大正期に作られた多くの和風建築が残る。
9時の開門を待って一番で大原美術館に入る。 一瞬でも"ギャラリーを独り占め"は気分がいい。何年ぶりだろう?ここを訪れるのは、大好きな美術館だ。エル・グレコの「受胎告知」がこんなに小さかったのか! 中村彝の「骸骨を持った自画像」の印象が、今回、最もも強烈だった。
2泊した叔母の家を辞し南へ下る。名峰・大山も初めて顔を出し見送ってくれる。
急流が直線的に続く日野川に沿って遡り、悠々と流れる高梁川を下る。分水嶺近くのスキー場には多くの残雪が残っていた。
お彼岸、墓参りで3つの墓所を回る。私の母は長女で、2人の妹と1人の弟とともに
大連で生まれ育った。戦後の引き揚げで、祖父母の出身地の米子に、母の母と妹二人が落ち着く、母にとってもここが第二の故郷だ。 母の母は40年近く前に他界したが、妹・光子夫婦、と照子の夫、照子の長男の嫁、の4人はこの10年の間に他界、私はいずれの葬儀にも出席できない不義理をしていた。
一夜を過ごした道の駅「夕日パーク・浜田」、同じような仲間の車が10数台はい
た。遠距離輸送のトラック、普通の乗用車、名古屋ナンバーの本格的キャンピング
カーは私より早く来て、出発する時にもいた。
仙崎は金子みすゞの街である。 みすゞは大正末期に彗星のごとく現れ、すぐれた
作品を発表するが、26才の若さで自ら死を選んだ童謡詩人、と偉そうなことを言う
が、この街で初めて知った。昨日、関門トンネルで下関に入り、「さあ、どうするか、山陽か山陰か?山陽は新幹線で素通りしたことがある。うまい魚も山陰の方が多いだろう! 萩に行こう!」、で車を走らせた。結局、萩に到着できず、手前の長門市で宿を探す。一階が料理屋、2、3、階が民宿、これならうまいものが食えるだろう
と飛び込んだのがJR仙崎駅前の「ひらめ亭」、大正解のヒラメづくし、朝食にまで焼物のヒラメが出てきた。ところで、朝、開館と同時に飛び込んだ「金子みすゞ記念館」、すっかり忘れてしまっていた"やさしい、やさしい、やさしい"童謡の世界があった。たまには、心の洗濯も良いものだ。
前夜、大学のゼミの同窓・T君が、シーズン初戦を勝利したアビスパ福岡応援の興
奮冷めやらぬままホテルへ駆けつけてくれ、夕食を共にした。T君と顔を合わせるのは、教室は稀で、グラウンドの隅の彼が属していた剣道場のあたりか、雀荘であった。 卒業後20数年ぶりに再会したのがオーストラリアのメルボルンで、彼が商社のパース駐在、私がメルボルンの時である。海外駐在員の世界は狭く、ちょっとした都市には大学の同窓会があり、人の消息がすぐに分かる。銀座や心斎橋を歩いても、めったに人に会わないが、海外で再会する確率は非常に高い。Good Day Mate! (発音=グッダイ・マイト!)で再会を祝し、おいしい酒を飲むことが出来た。「運転する車が赤カンガルーをはね、車も動かなくなった」、「ハイウェイの街路樹に野生のコアラを見つけた」、「カカドウ国立公園のアウトバックはすごかった」、「露天掘りの鉱山で200tonトラックに乗せてもらった」、「マーガレット・リバーのワインにタスマニアのカキ、ウニが最高だった」、、、、、、、、、、、あっという間に博多の夜が過ぎていった。 東京での再会を約し、お開きとする。
行き当りばったりのフーテン旅行でも、たまには"当たる"ことがある。 昨晩投宿した街は、おりしも旧暦で祝う「柳川ひな祭」の真っ只中、16日はそのクライマックスと云うべき「お雛様水上パレード」の日であった。お内裏様、お雛様、着飾った稚児と母親達がどんこ船と呼ばれる川下りの船に分乗して、掘割に飾られた「さげもん」の中を進む。

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